【旅行記】4. コペンハーゲン2日目

 三月一日。
 洗面して観光の準備を済ませた我々は、階下のレストランで朝食を取ることにいたしました。朝食はバイキング方式。そのシステムは、親元離れて暮らしていてロクなものを食べていない我々には最高の方式です。また、自分の適量を知らないうつけ者たちに、己を知ることの何たるかを胃袋の膨張によって知らしめる一種の教育システムでもあります。
 
 
 身の程を知って苦悶の表情で席を立った我々は、すぐ隣のコペンハーゲン中央駅に入り、本屋で地図を買います。10クローネという大枚をはたいて買った地図です。さっそく役に立ってもらおうと風の強い往来で開いたのが間違いのもとでした。T氏が持っていた地図は強風にあおられ、飛んでいってしまったのです。
 
 
 しかし、ここで取り乱すのは、旅に慣れていず、目先のことだけで物事を判断する素人衆です。我々は旅行者であり、旅行者というのは一人一人が国の代表だという自覚のもと、うやうやしい礼節を保ち、その国の習慣にのっとって振る舞わなければなりません。いくら大金をつぎ込んで買ったぴかぴかの地図が、交差点の隅っこで風に吹かれて今にも飛んで逃げそうでも、我々はきちんと信号を守り、青に変わって問題なくそこまで行けるようになっても、細心の注意を払いつつ地図に近づくべきです。なぜなら、慌てて飛びつくと、周りの人から、やっぱりさっきの落ち着きは見せかけで内心はらはらしていたのだと思われますし、何よりも交差点を曲がってくる車にひかれてしまいます。
 
 
 以上のような思想のもとに無事地図を取り返した我々は、東洋からの旅行者だということを無言で示すように、修行僧のような落ち着きを見せつつ、最終目的地を決めました。あの有名な人魚像です。アンデルセンの童話で世界的に知られている人魚像であります。
 
 
 大回りをして歩きましたが、どうもどこをどう回ったのか覚えていません。通過だけの都市だということで不勉強だったのが理由です。コペンハーゲンについて一通り学んでおくべきでした。悲しいことに、コペンハーゲンで覚えているのは、強い風と雨、マクドナルドと人魚像くらいです。時間がないこともありましたが、事前の下調べがなかったのです……惜しいことをしました。
 
 
 今さらそんなことを言っても仕方ありません。とにかく大きな錨が飾ってあるところで一枚と思ってカメラを構えました。しかし外国の団体客のせいでアングルが決まらなかったので、諦めて海の方角を撮りました。帰国して現像してみると、なんとTの後ろ姿が写っておったのです! 「あれはきちんとこの美しい風景の一部になれるように周密な計算をした結果だ」……帰国後、彼はそのようにホラをふいておられました。
 

 


 
 海辺まで出ると、風はますます強くなります。これは、街の美観を損ねないように、風が我々を地面から剥がし取ろうとしているからに違いありません。我々は踏ん張ってマフラーをつけ、帽子をかぶり、不当な殴打に備えました。下手に海面でも覗き込もうものなら、待ってましたとばかりに猛風が吹き付けて、我々を海のモクズにしてしまうだろうことは疑いありません。
 


 さて、いよいよ人魚像と対面したわけですが、これが意外にもかなり小ぶりです。周りには何もなく、ただ吹きさらしの海のほとりに寂しげに座ってうつむいています。確かに、うちしおれた薄倖の少女という風情で、周りの風景から隔絶した様は、人間からも魚たちからも受け入れられない境遇の不条理と悲嘆を表現しているようでした……「うそつけ。他にやってきたギャルばっかり見てただろうが!」という外野の声は、僕の心に湧いた興趣を根底から吹き飛ばすものであると言わざるを得ません。詩人とは、なかなか他の人に共感を求めるのは難しいのです。



 
 
 3時にはコペンハーゲンの空港に行かなければなりません。ホテルで荷物をもらい、シャトルバスを捕まえました。空港に向かう途中、世界最初のテーマパークと言われるチボリ公園を通過します。しかし、季節柄、閉鎖されております。ここに入りたかったと今でもT君は口惜しがっております。