【旅行記】3. コペンハーゲン着

 いよいよ異国の地コペンハーゲンに上陸という段になったところで、機体がひどく揺れ始めました。気流が安定していないようです。




 雲は厚く、入ったもののなかなか抜け出せません。僕は乗り物酔いはしないタチですが、敏感なT氏は既に死にかけておいでです。顔は青ざめている、というより緑色に近くて、ハンカチを口に当てて苦しんでおります。対照的にその横のY氏は、横の同志の精気を吸い取ったかのように元気いっぱいです。雲が時折切れた時に見える地上の建物やら車やらが彼を喜ばせているようです。
 
 
「おい、あれあれ!」
「ま、待て……許してくれ」
「だって、ほら! 見とかんと後悔するで!」
「いま俺を動かすと、お前らが後悔するぞ……」
 僕は、Tの忠告に従ってYが理性より感情を優先させないように願ったものです。


 低い雲を抜け、遠くに要塞が見えるといよいよ着陸です。Yはがっかりし、Tはほッとしたようでした。一番後ろの席なのでみんなが降りるのを見ながら、こちらも荷物を取り出します。入国審査はパスポートを見せるだけで終わりました。スタンプも質問もありません。荷物を受け取るターンテーブルまで迷わず真っ直ぐ行けたので、Yが、「どうして迷わず来れた?」と尋ねます。「国際空港ってのは、世界中、どこでもたいてい同じなんでね」時には、こういう重みというものも必要です。


 Tの顔色が緑から青に変わった辺りで両替を執り行いました。空港の両替窓口は追い剥ぎのような手数料を持って行ってくれます。空港から入国する場合、旅行者はここで両替するしかなく、両替しないことには交通機関で市内に行けないことを見越しての所業のようです。黄色の車体の乗り合いバスは無事コペンハーゲン中央駅に付きました。日もどっぷり暮れて、外は小雨が風に舞っておりました。寒気と湿気に沈んでいるような町で、どこか陰気な感じ、というのが人気ある北欧の玄関口コペンハーゲンの第一印象です。

 

   



 ホテルに入ってクーポンを渡し、部屋の番号と朝食の時間をフロントの人に教えられます。部屋は落ち着いた感じで、テレビもきちんと映り、バスタブ付きの風呂も広く、綺麗な絨毯が敷き詰めてありました。旅行代金に含まれていたホテル二泊を、最初と最後の訪問先であるコペンハーゲンにしたのですが、一泊で5,000円相当です。これから僕たちが行く先で、このような《高額の》ホテルの客となったことは一度もありません。
 
 
 長時間のフライト後のことでもあるので食事をしてさっさと眠りたいところです。歩くのも疲れるし寒いのでさっさと近くのファミレスのような店に入った後、コンビニで夜食を買い込むことにします。何しろホテルの冷蔵庫に隠してある品は何でも高いもので、おいそれと手を出すわけにはいきません。その点コンビニですとそれなりのものがそれなりの値段でいつでも手に入るという素晴らしい利点があります。
 
 
 ところが、つつましくビールとお菓子を持って行くと、店員のお姉さんが「8時過ぎたら売らん!」とおどすのであります。その子は太っているし、背が高く目つきも鋭いので、我々は震え上がってしまい、ポテトチップスとオレンジジュースを買って逃げました。あの店員、用心棒を兼ねているに違いありません。


 部屋に戻ってテレビでも観ようと思うと、今度はスイッチが見つかりません。フロントに電話しても、相手の英語がうますぎてよく分かりません。こちらも意地になって、壁やら柱やら家具やら、とにかく何でも目立つもの、とがったもの、あやしげなものを叩いたり押したり引っ張ってみました。すると、そのスイッチは巧妙な保護色によって隠されていることが分かり、そこをいじるとついにテレビは画面を現したのでした。


 蛇足ながら、我々の労力は、悩ましげな画面が次々と現れる北欧美女の番組によって充分に報われたのであります……