【旅行記】Vol. 20 プラハ行 寝台列車『シレジア号』


 ポーランドチェコの国境を越えるというので、軍服を着た管理官が来てパスポートをチェックしにやって参ります。管理官殿はまったく無口な、顔の筋肉一つ動かさない人でした。我々の座席は簡易寝台で、深夜に国境を超えるなら車掌さんが全て手続きを済ましてくれると思うのですが、今は深夜ではないし、いわゆる《西側》とはシステムが違うのかも知れません。
 
 
「今の人、カラオケマイクみたいな頭しとって全然しゃべらんかったね」と私。
「別にカラオケマイクがしゃべるわけじゃないしなあ……」とT氏。
 返す言葉がありません。
 
  
 煩雑な手続きが終わったところで、こちらはもう就寝の準備です。旅で体調を崩さぬ基本はまず睡眠であります。まず荷物を3段クシェット(簡易寝台)の上の棚に乗せます。かなり大きな荷物を積めるようになっていて、Y君のバックパックも充分に入ります。
 

※臨時アジト

 
 僕は子供の頃から汽車旅が大好きです。冒頭で飛行機のことをけなしていたので(3/30の記事……)ついでに列車も痛罵するつもりだろう、と思われた方がおられるかも知れませんが、それはまったくの誤解というものです。まだ僕が純真だった幼少の頃、父親が『銀河鉄道九九九』を買ってきたのが始まりです。あれは確かに絵は賛否両論があるでしょうし、停車駅のどの惑星でもどうしたわけか全部日本語表示といういささか奇妙な箇所があるにせよ、傑作中の傑作だという意見に僕は賛成いたします。だいたい、宇宙空間を列車で旅するというのが斬新すぎて、びっくりしたものです。
 
 
 莫大な金額を支払って(全くの根拠なしに3,000万円くらいだろうか、なんて思っていた時期もあります)無期限定期を買った銀河鉄道の乗客が、どうしてあんな鈍行のボックス型の居住性最悪な座席配置の客車に放り込まれるのか、今でもとんと分からないにしても、いつかは鉄道で長旅をしてみたいという美しい夢を持たせてくれたのです。どうやって重力を作り出しているのかとか、メーテルの身長が鉄郎の4倍くらいありそうなのはどうしたことなのか、などという些細な疑問など吹き飛ばしてしまうほど素晴らしい作品なのです。
 

 
「なるほど、それが貴兄が鉄道の旅が好きな要因だというわけだな」
「そうね」
「いつもメーテルと一緒にいる鉄郎のことがうらやましくてならなかったと?」
「う!」
「225万光年離れているアンドロメダ星雲に3年で行ったとしたら時速85光年だということも貴兄には気に入ったわけだ」
イスカンダルに行ったヤマトでさえ時速3.6光年くらいだったというからスリーナインはだいたい24倍も速いわけだな」
「そりゃ何ったって銀河鉄道だからな!」
「ほんとに3年で行ったとしたら光の75万倍も速いということだ。つまり宇宙の在り方を根底から覆すことを平気でやってのけるってことだからな。無関心ではいられんよ!」
「いっそ無関心だったほうが松本零二氏はよかったと思ってるだろうな」……


アンドロメダ星雲(M31)


 寝る場合は鍵を掛けなければいけませんが、この寝台室の鍵は壊れていたので、いつもリュックをがんじがらめにする細いワイアを取っ手やらフックやらに巻き付けねじりからませて固定するしかないようです。急にお腹を壊して緊急事態になったとき非常に困るかも知れませんが、そんな細かいことを気にしていては旅は乗り切れません。どうしてもという場合は、窓があります。