【旅行記】Vol. 21 プラハ. 1

 3月5日。朝6時半にシレジア号はめでたくプラハ本駅に到着いたしました。わざわざ本駅と書くのは、もう一つプラハ・マサリク駅という、近距離路線の発着する駅があるからです。ホームも構内も、まだ薄暗いにも関わらず混雑していました。一応駅員に写真を撮っていいかと尋ねます。鉄道は軍事に関わることがあるので、写真を撮るなら確認してからのほうが無難です。当局に見咎められると、いきなり撃たれることはありませんが、連れて行かれてフィルムを没収される恐れがあります。

 


 チェコ・コルナを20,000円分くらい両替したら今度は宿探しです。条件は例によって不粋極まるものですが、根気強く探せば必ず見つかります。チェドックかCKMだったか忘れましたが、駅構内にカウンターがあるのでそこで探してもらうことにしました。ちなみに、チェドックはチェコ国営旅行社、CKMは学生向けの旅行社です。
 
 
 美人のお姉さんが対応してくれて、いろいろとカタログを見せてくれますが、貧乏が染みついた我々はなかなかウンとは言えません。その場で見ていても虫のいい条件の宿は見つからないので、リストを借りて目の前のベンチで探すことにしました。係りのお姉さんは呆れていたに違いありません。やっぱり無理かなと思っていると、何とプラハ本駅から歩いて15分、旧共和国広場まで歩いて5分、プラハ城まで歩いて15分……という立地最上級の破格のホテルがありました。値段は一泊1,700円。トリプル、バス・トイレ、朝食付き。係のお姉さんに襲いかかるような勢いで宿の確保をお願いしたのは言うまでもありません。
 

 
 ホテルに行こうとして駅の反対側に出たのですが、それは僕の失態でした。Tがナビを交替すると自分のアパートに戻るような足取りです。ワルシャワでナビをクビになった僕が失地を回復するにはまだまだ長い実績の積み直しが必要なようです。ヴァーツラフ広場から路地に入り、郵便局を通り過ぎてナ・プシーコピエ通りに出て、そこから火薬塔まで行って更に小さな路地に入ると目当てのホテルがありました。どうしたわけかT氏は一度も迷うことなく我々を連れていってくれました。わたくしがナビとしての失地を回復するには長い実績の積み直しが必要なようです。。。


 
 ホテル・セントラルというのが我らが頼りにしているホテルですが、1階にエロ・バーへの入り口があるのを見てよりいっそう気に入りました。クーポン出して部屋を確保しようにも、朝の8時では掃除どころか前の客のチェックアウトも済んでいません。荷物は預かったるから12時半に来やがれと言われました。荷物は例によってワイアでぐるぐる巻きにして荷物室の端っこにしばりつけ、我々は飛び出すように観光に出掛けました。