古代ローマの街の模型

それではさっそくアップさせていただきます!


※すみません……変なものが写りこんでますね、、、心●写真ではないのでご安心を。。。


このポスターは1999年にローマに行った際に街中のお土産屋さんで購入したものです。塩野七生氏著の一連の『ローマ人の物語』を読み……確かその頃は7冊ばかり出ていたと思いますが……いてもたってもいられなくなってローマに出掛けたのでした。その前に他の本も読みあさり、とある資料の中に、ローマ文明博物館に古代ローマの250分の1の模型があるとのこと。ジスモンティと考古学者が36年もかけて石膏で造った力作です。20m×20mの大きさの、西暦306年〜337年のコンスタンティヌス帝の治世下の古代ローマの模型。


※これがローマ文明博物館にある模型



実際に文明博物館に行っていよいよその模型を見下ろすと、その迫力に圧倒されるばかり。ローマの心臓部と言われたフォロ・ロマーノを中心に、コロッセオ(正式名称はフラヴィウス円形闘技場)、チルコ・マッシモ(大競技場)、マルケルス劇場、パラティーノ丘の皇宮、パンテオンなど、おなじみの公共施設と、その合間に混在する家々、、、古代ローマが人類に遺した遺産はいろいろとあると思うのですが、あの時代にほぼ完璧に整備されたインフラと、それを相当の長期間に渡って維持管理した、ということそのものが、我々にいろいろと考える材料を与えてくれます。中世の《暗黒時代》はこの後にきたのですし、古代ローマのものは殆ど全て悪と断じたというこの時代は、しかしながら、ローマの遺産を切り売りしながらくぐり抜けた、とまで言われるほどです。


※ローマ文明博物館


ところで、文明博物館でこのポスターを買い求めようとしたところ異様に高く、買いませんでした。で、地下鉄で市街まで戻り、いつものようにあちこちをうろうろしていると、街角のお土産屋さんの軒先に折り畳んだポスターが並べてあります。中のおばさんを呼び、「これは本当に、この表示通りのポスターか?」と、ポスタースタンドにかかっている小さな絵を指差して念を押します。帰って開いてみたらどっかの女優のポスターだったなんてことのないようにしなければなりません。値段は博物館のものの3分の2、、、微妙ですねえ。。。博物館のものはオフィシャルで、これはコピー品?……と考えてしまいましたが、おばさんが2枚買うなら安くするよ!……などと言ってくるので、別のデザインのものも買ってしまいました。そのうちの1枚がフレームに入れられて、8年間、わたくしを見下ろしています。何度か歩き回った今のローマを思い出しながらポスターを見つめ、興隆を極めた往時の百万都市ローマについて思いを馳せるのはオツなものです。


パンテオン 〜いつもすごい人。。。

コロッセオ(フラヴィウス円形闘技場) 〜こちらは更にすごい人。。。


このポスターの中にある施設の中で今でも完全に残っているのはパンテオンのみ。天井が丸く開いた円形の神殿で、「全ての神々に捧げられた神殿」です。コロッセオは今でもありますが、ほぼ骨組みだけで、往時の3分の1程度の規模を残すに過ぎません。中心よりすぐ下にある大競技場は、今では幾つかの塔を残す以外は土砂に埋まり、その形のままの広場になっています。フォロ・ロマーノも、そこにあった建物はほぼ全て瓦礫となっていて、壁や円柱や土台を残すのみ。マルケルス劇場は外壁の一部だけがかろうじて残り、それはアパートの一部にデザインとして組み込まれています。ローマ街道の1つであるフラミニア街道が、今ではコルソ通りと名を変えて今でも北に向かって一直線に走っています。ポポロ広場で元の名前に戻り、現在は国道3号線として、アスファルトをかぶせてそのまま使われているとか。。。ちなみに、『ローマ街道の女王』と云われるアッピア街道はこのポスターでは範囲外のようです。こちらは現在は国道7号線となっていて、遥か南のプリンディシまで延びています。ローマから新幹線で6時間と、なかなか歯ごたえのある汽車旅を堪能出来ます。。。


フォロ・ロマーノ 〜あの時代の隆盛と殷賑を想像するのは相当骨が折れます、、、


※マルケルス劇場 〜こちらは殆ど人はいず、、、


ローマと、それにまつわる旅の記録はまたいずれ、と思っています。
もちろん言うまでもないことですが、この日記を書いていて、またローマに行きたくなってきました、、、